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君の魔法が

エバヤンのライブが少しずつ近付く。「君の魔法 」が最近はお気に入り(クリスマスの、曲だけど)

 

 

 

 

好きな人の誕生日にご飯を作るから、手伝って欲しいなぁ。という呼び出しにかけていった。すきすき!がにじみ出てた。台所に立つ姿を見るのが初めてだったのもあるからかもしれないけれど、普段あまり料理をしないと知っているからこそこの日がどれだけ大切なのかと思ってニヤニヤしてしまった。

 

「手伝って」なんて言われたけれど本人の方がしっかり作り方を知っているから私はみじん切り、洗い物、フォローの3本立てでお送りします。「料理する人がいると安心する!」の言葉に、私は過去こんなに手の込んだ料理をしたことはあっただろうか…と反省。

 

 

終始ゴキゲンのようだった。絶好調を体現していて、キラキラしてて可愛かった。少女そのもの。仕事中であろう、彼のパソコンにライブ配信したいくらい可愛かった。きっとそんなの見たら仕事どころじゃないだろうな〜とか。誰かのことを思って作っている姿はすごくこそばゆくて言葉に表せないけれど、覗いちゃいけない禁断の扉の向こう側な気がする。

 

 

 

 

台所に人がたっているのを見るのが好き。田中も、みんみんも、みんな台所に立つといつもと空気が変わるから好き。料理をしててもいいし、茶碗洗っているところでも好き。対面式はなんか違うから背中がいい。

 

 

先の彼女を見て、自分のためにここまでしてご飯作ってくれる人いるかなあ。て考える。

ukさん。彼は私に会えないとわかっててもご飯を作ってから東京に帰る。もし会えるとすごく喜んでくれる。台所に立ってるのは数回しか見たことがないけれど あの背中を見るのはとっても好き。いい意味で私への好き!が溢れ出ていてそれがひしひしと伝わってくる。本当は後ろに座布団持って行ってその「好き!」を浴びながらお酒飲みたいくらいだけど、気持ち悪いから何かしら用事を作って台所に様子を見に行く。「手伝うよ」ていうと買出し頼まれるから絶対手伝わない。「今日のカレーは美味しいですか?」てきくと「なんか、多分いつもよりは美味しいと思うんだけど…へへ」といってまたスプーンを口に運ぶ。味見の量多いなっていつも思う。食べる分なくなっちゃう。いつも何かが足りないカレー。初めて食べた時はなんだか水っぽくて、でも牛肉がホロホロだった。なんだか優しい味がして、おかわりもして「また作って欲しい」と言った。そしたら毎回会う日はカレーになった。頻度…。疲れて寝落ちしながら野菜煮込んでくれるのが彼の優しさか。ukさんの行動はみんなに言いたくなる変な純粋さがあって、とっても眩しい。結局ukさんの自慢話や

 

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第六感

 

昨夜流れていたRADWIMPS。なかなかに前のアルバムで中学時代に聞いていたなあと、テーブル大陸の各地から口ずさむ声が聴こえる。

 

 

今読んでいる本。

野田洋次郎さんの「らりるれ論」まあまあなんともタイムリーな。3分の1までゆっくり読み進めていたけれどここ1週間お休みしていた。今日は鞄に詰めてコーヒースタンドまで持っていく。半年分書き溜めた日記を、再び読み返して追記やら、その時の心情やらをまとめている1冊。書き方が面白いなと思ったのと、彼は過去の記憶がすごく強く残っているのが印象的で手に取った。

 

昨日はるたかさんに記憶の話しされたけれど、この本読んでると一緒に記憶を引きずり出される気がする。おすすめですよー!

 

 

 

 

スタンドのドアを開けたらりんごちゃんがいて、わあ、ちょうど会いたかったの〜て心が踊る。いい話かどうかはわからないけれど話したいことが3つくらい溜まってた。ちょぼちょぼ話しながら仕事をするりんごちゃんは、やっぱりすごくかっこいい。

 

 

 

追記

話したかったことの一つに年末から続く話があって今ならつながると思って話した。意見が一致してスッキリした。

もうひとつはここ三連休の話。とある女性についてなにか感が働いてちょっともやもやしてた。話して大丈夫そうなら聞いてみようと思ってこぼしてみたらビンゴでちょっと2人で笑った。そして最後は、なんかむずむずしたから帰ろうと思ったけど、立て込んでてお会計できなかったから待っていたら、スイートパニックがいつもより3時間以上早くやってきた。流石に今日は持ってると思った。

 

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拝啓 へりくつ王子様

 

深夜の帰り道は寂しいです。心臓がキシキシ鳴る。今日は、ギシギシいっています。多分もうこんな風に会えないかもなんて考えたからかもしれない。一階までのエスカレーターがやけに速くてうーん、うーんてなりながらタクシー探して歩きました。今日はユキさんも盛岡に行ってしまうから少しナイーブです私。

でもね一日中、盛り沢山だった。早起きしたし、ジタバタしたし、歩いたし、田中に会えたし、みんなとご飯も食べたのです。家族の存在に四苦八苦する私にとって、この一ヶ月で家族といる時間が減ったのはいいことだと思う(重なるタクシー代を除いて)。

 

 

早くから仕事だから、終電前に帰るって決めてたの。それに、30分前まで行っていいのかも心配でうじうじした。みんなで食卓を囲む風景は家族でなくても好き。家族でないほうが、もっと好き。ここ数日、かのブログや会話で聞いていた人が目の前にいて顔がわかるのは素敵なことだと思いながらお酒を飲みました。今日それができたと言うことは、これから先、顔や声や仕草を想像しながらブログ読めるのか〜、FBみれるのか〜て無理矢理ハッピー思考。なんか今日は自分の中のモヤモヤを言葉にしてしまって不快になってないかなとか、今になって後悔しています。いつもは1人で篭る時期だから余計に、誰かと話せるのが心を楽にした。けど、悪口にとられてしまったかもしれないなあていう今更ながらの布団の中の反省会。なーう。

 

 

そんな反省会も、ああやばい!見られてるのか。てなるけどそれはそれでこれはこれ。文章を好きだと言ってもらえるのは嬉しいし、140字の世界にモヤモヤとエゴを擦り付けてしまっている現状、ここはゆくゆく城になるのです。

 

家までの坂道で、カメラを入れた紙袋を持ってないことに気がついて大変。やってしまった、明日現像に回してこの熱が冷めないうちにデータを見返したかった。そう思って部屋についてカバンを置いたら、カバンから紙袋出てきました。なんだよ!

でもきっとそれはどこかで紙袋を忘れていればまた会えたかもというメンヘラ鈴木の登場もあるのかもしれない。あの日ネックレス置いたままにしなかった時の心情に似てた。はは。

 

 

冷えた布団の中で、一度記事をたたんでメール読む。今日は雨に濡れなかったか。展示は楽しかったか。怪我はしなかったけど腰をやってしまった。とあって、うああ見なきゃよかった。朝にしとけばよかった。てなってます。

屁理屈を言い出したあの日の顔を思い出す。なんだよもう、頭の中やっぱりいっぱいだ。とうの昔に私の完敗はわかっていたのだから意地張らずに白旗振ればよかった。こんなへりくつに心奪われてるなんておしまいだ。悔しいなあむかつくなあ。て思うけどその感情を沸かせてくれる人が好きなのはずっと変わらない。え、何の話だっけ。楽しかったなあ〜。美人さんたちと飲むお酒最高ていうことを共有したかったの。できれば顔みて話したかったなー、とか。とかとか。

 

かしこ

思い出したら長くなった

 

かずしさんとご飯に行った。2時間くらいのサクサクっとした会だったけどまあまあいろいろ話をして、保育士さんの話を聞いてまあまあ頭使ったのか使わないのか、なんていうんだろ。脳みそ頑張った。

 

 

トンボの話になって、彼の話を聞いて、葛藤を聞いて、納得したところと子供の感情のほうが理解出来たところと何個かあって、昔大地さんに言われた「子供だから子供が嫌いなんだよ」があながち間違っていなあと再認識した。

未だに作品を見せて大人に言われるのは「これはなにを作ったんですか?」という一言。別に何を作ったわけでもないから、あなたがそう思ったものにしてくださいって思うけどそう言葉にすると威圧的になるか、価値がなくなるから言わない。だから「くまです」と言うと「爪が三本しかないよ?耳はどこ?なんで片腕だけなの?」とたくさん質問されるから楽しくない。そんな人のところには私の作品は行かなくていいと思っている。

 

 

 

 

小学生になる前までの時間は、とても大事だと思う。毎年母校の専門学校の卒業制作展のタイミングで自動絵画の展示も併設されるから足を運ぶ。教育方針がひと目でわかるのが面白いから。

「節分」をテーマにしていても、10人同じ画用紙で絵の具を使ってるところもあるし、先生が切り絵のパーツまで作ってるところもある。半立体にしてたり、クレヨンで描いた上から絵の具とか。一番好きなのは、それぞれ画用紙の大きさも向きも決まってなくてのびのびしてる保育園を見つけると将来が楽しそうだなあと思う。きっとこの子の鬼はどんどん大きくなって収まらなくて画用紙を先生が継ぎ足し継ぎ足ししたんだろうな。とか。いい先生だと思う。

 

(追記:私の好きな先生は画用紙に収めるために鬼の肩まで描いてやめたとき、てもかいてあげたら?と鬼の気持ちを伝えてくれる先生だと思う。)

 

 

 

盛岡の小学校に引っ越してきてから、世界で一番好きな時間だった「図工」が嫌いになった。使う材料も指定されて家から持ってきてと言われて、今まで材料を家から持ってくことをしたことがなかった私は親に言い出せなくて戸惑った。で、よく材料を持っていかなくて怒られた。なんでみんな家に材料があるのかがわからなくて、高学年になって「買いに行っている」ということを知った。笑

みんなに合わせて作るのが苦しくてたまらなかった。から、毎回作品は家に持って帰る前に捨てていた記憶がある。それがバレた時、酷く母が落ち込んでいたのもよく覚えている。母はつい先日まで私が小さい頃書いた絵を全部大事にとっていてくれた。ごちゃごちゃの筆跡の横にクセのある丸字でコメントが書いてあるのは見返した時に何を描いた絵なのかわかるようにするため。絵をかくのが好きだった私を認めてくれていたんだと思う。

 

 

 

 

釜石の小学校の図工は楽しかった記憶がある。何作ったかはよく覚えていないけれど、2年生の時にみんなでそれぞれビルを画用紙で作って、多目的ホールに大きな街を作ったのはよく覚えているし写真も大切にとってあるはず。誰の隣にくっつけるか、ビル同士を橋でつなげるかとかみんなで話し合った。「どんな街にするか」はそれぞれが作る。虹をかける係、飛行機を飛ばす係、ゴジラウルトラマン。「ビルを作る」作業が図工の単位に当たる部分であとは自主性。黙々とみんなのビルを連結する係、紙飛行機をみんなに1機ずつプレゼント、鬼ごっこをする。どんどん大きくなる街を見て先生が放った抑制の言葉は「おお〜気仙沼みってーだな。写真さはいんねぐなるぞ。あっちの方ちっせぐなっぞ。」みたいな感じだった気がする。多分千葉先生ならそういうと思う。そんで「気仙沼」て聞いてみんなでジャスコを作った。都会だ。千葉先生は次の授業も潰して図工にしてくれた。完成した街を、校長先生呼んできて私たちに大きな手で拍手をして、そこから発表会をして、最後にその街を中心にみんなで円になって寝そべって、写真を撮った。千葉先生はよく写真とビデオを撮る先生だったなあ。学期末、誕生日、生活の授業、バレンタイン。1番学校が楽しかったと思う。喧嘩も沢山しなさいって言う人だった。当時私はまあまあ喧嘩ぱやくてよく足が出るタイプだった。たっくんのことが好きで、たっくんはありさちゃんが好きそうで、帰り道が一緒だったから、さやかちゃんと、しゅうとと、まさやくんと一緒に登下校して。しゅうととは入学式の初見時からほぼ毎日喧嘩をしていた。でも、まさやくんは私を庇ってくれるから結局それでまた喧嘩した。結構思い出せるもんだなあ。

 

 

 

 

私の両親は私がどんな絵をかいても、ものを作っても「いい色だね。」「耳めっちゃ右だね」みたいに素材感や色、バランスについて感想をいうことはあっても、そのものについて質問したり感想を述べることは無い。先日会った叔母は「これは…くま?なんか独特で、アンの世界観ね」といった。従兄弟は勉強ができて空手をずっと続けた、私と正反対なタイプ。

祖母は大概、やれクマの色じゃない、型紙がどうした口を出すけれどそれは洋裁が好きだからつい言ってしまうらしく、私がいないところで真似て作ってみようとしているようだ。母に「あれは才能だな、同じようにはできない」と電話でこぼすらしい。きっと死んだ祖父も口は出さない。祖父はむしろ私にいい生地や画材を買い与えて酒を飲んで3日ほど篭城しようと言い出すだろう。私が作ることを嫌いになってもやめないのはこの環境が私を育てたからだ。唯一の自己肯定。と、かずしさんには伝えたけれど、自己肯定の中に家族を肯定したい意志もある。

 

 

ここまで思い出して、私今なら200%まさやくんのこと好きになるわ〜てニヤニヤしてるところ。

 

 

青山もびっくりの鼓膜震わす恋心

 

ある種の恋人ごっこを1年続けた。毎日ではなかったけれどそれでも殆ど毎日「いってらっしゃい」「おかえり、おやすみ」を繰り返した彼を私はどうやら自分が思っていた以上に大切にしているらしい。

 

 

ひと月前に声を聴いた時は、今から飲み会なんだ。だから少しだけ。といって三ヶ月ぶりに電話をして嬉しくて涙腺が緩んだ。今日は、明日は3時には起きなきゃないんだ。と言って、1時過ぎ。おやすみを言い合ったあとに電話が鳴り「なんか電話しなきゃいけない気がした」なんて台詞じみた言葉に感涙である。頑張れ女性ホルモン。

 

時代はSNSだから。なんて思いながらも会うことを要求してこない彼に好意を抱く。きっと会おうと言われたら目が覚めるのだとも思う。何回か臭うことはあっても、オブラートの包み方が丁寧だから気付かないふりして飲み込んだ。飲み込んだ分の好意が蓄積されて今致死量に達するのかもしれない。

 

 

 

毎日朝はやくから車で現場に向かって遅くまでお仕事。小さな犬を飼ってて、チョコレートが好き。昔パティシエをしていて、家で飲むお酒は焼酎。よく寝落ちをする。昨秋、私の話の風景が見たいと名古屋からの東北旅を計画して、直前に大怪我して中止。最近ジムをさぼってる。

 

なんの傷口かわからないけどお互いにどろどろの水飴をすり込むように甘たれた言葉をかけあって、互いの景色をのぞきたがる。顔も本名も知らないから、好きな人。

魔法の穴

 

へその穴が深い人。

 

神様がちょっと強めにホジホジしちゃったのかな。

懐も深いのかな。愛情深いのかな。慈悲深いのかな。

 

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青春の日々

 

実は今日、初体験をした。

 

大学生がよくツイートする私に無縁のものを見せてもらった。私たちでいうところのプレゼンボード。文字の羅列も図式?も全く理解出来なくて最初からわかりやすく説明してもらったけれど、結局わかったことはほとんどない。でもざっくり聞いてた話と、そこから私が勝手に想像していた話をすりあわせたらあながち間違ってなかった(ようにしてくれたのかも)がなんか楽しかった。多分私こういう話聞くの好きかもて思った。人がプレゼンする時間は好きだ。理解できるかは別として。

 

 

 

 

学校でよく作っていたプレゼンボードやシートを思い出す。ハレパネにそっと撫でてカッティングをした。よれた時の落ち込みと言ったらもう。絶望の一言に尽きる。光沢紙の指紋とか、スーパーファインの消しカスとか、もういろいろ思い出す。1箇所だけアウトラインかけ忘れた文字化けも。この世が終わる気がした。黄色のインクがさっきのでラストだったんだ、下まで行かなきゃ無い…ていうこの絶望。わかるだろ?

 

 

A0に込められた時間と苦労をみんなに説明してもらって、意外とみんな同じことしてるのかもしれないって思って、各々思いを肯定するために走るあのメロディが駆け巡った。それから、すごくプレゼンボード作りたくなった。ターゲットコラージュやりたい今、なう。なあ!

 

 

今日は17時から台所にたってお酒を飲みながらケラケラと女子トークに花を咲かせてくてくてになるまで飲んだ。楽しくて寝たくなかったし帰りたくなかった。時間が止まればいいとは、こういうときに使うんだろうね。

 

気分が良くなるとすぐ田中の話をしちゃう。今日も田中自慢をした。笑

卒業の二文字を前に毎年思い出す卒業制作のこと。毎晩飲み歩いて懺悔と後悔にまみれながらミシンを踏んだ夜と、毎週食べた焼き鳥と素麺サラダと、冷凍手羽先と。馬鹿みたいな宅飲みも、性癖の暴露大会も。青春の日々。ずっと、私たちの学生時代こそが青春だと思っていた。放課後から翌朝まで公園の滑り台で過ごした春の日も、ベランダで体育座りしながら日本酒あけた日も、誰にも超えれない青い春と信じて疑わなかったけれど今日みんなといたらそれぞれ濃い時間があって思い焦がれていて積み重なってた。せつない。

 

 

来月からは、いつもあの人がいた家が消える。大事件だと思う。一つ前に住んでた家には正直思い入れがない。ちょっと広くてよく網戸が外れて、テレビないし収納もなくてただ寝てお風呂入るための部屋。ごみ屋敷だったな(笑)

でも、初めて一人暮らしした家は、私の後に弟が住んでかれこれ5年出入りした。流石に愛着がわく。同じようにみんなの家も勝手に愛着を抱いている。車乗ってて「あ、わーみーんちだ。」「たなかんち」「ここ曲がればたまてちゃんち」て全部あって何話したかとか思い出す。また別の人の生活が上書きされる部屋。せつない。

 

 

今日お休みだったからかな。なんかすごい口がよく動いた。仕事中より喋った。あと何回みんなに会えるだろって考える。多分なんか今の私なら空飛んででも会いに行きそうだなあってちょっと思ってるよ。

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