うんめいのひと

 

クリスマスぶりに下田と待ち合わせをした。15分遅れるてラインをしたら、私も今15分遅れるて打ってたwと返信が来てちょっとにやってした。元気そうだ。

 

 

日が登る前に出勤して働く下田の姿を想像出来ないけれど、頑張ってはいるみたい。ただ、お互いに「ひとつの仕事1年以上続けるのしんどい」が口癖で、彼女はちょうど来月で今の職場に1年という節目を迎える。

 

「あのね、お腹はすいてる。でもいっぱい食べれないの」が必ず下田がいう言葉で、帰り際は「一緒にいるとなんか食べすぎちゃうんだよね。これ具合悪くなるわ。明日仕事ばっくれたいなあ」て言う。くずだ。そこが好き。

 

 

今日は焼鳥チェーン店でここ三ヶ月の近況報告をした。二月はお互いあまり体調良くなかったから、季節の変わり目消えちまえ!て悪態ついてジョッキ煽った。

会う度になんとなく思っていたけど今回一段と強く感じたから「私、下田と出会ったのは生きるための運命だったと思う」ていってみた。デザインやってたから、ものづくりしていたから出会った人たちと違う、きっと下田とは全国どこにいてもきっと出会ってたと思うなにかがある。「あのね、先月死んでた時同じこと思ってた」て返ってきたとき少しほっとした。

さらにいうなら、私たちを社会的に生かしていてくれた社員さんにお礼を言いたいという話にもなった。

 

それから、同じバイト先の先輩を好きだったことも判明した。

 

 

「なんかねぇ、甘いお酒飲みたかったんだよねぇ〜。これハイパーにウォッカだわ。」ていいながらマドラーくるくるして小声で「うーー。たばこがすいたい。」とこぼす下田が誰よりも好き。彼女といる時だけ、私たちはお互いに鮮明に死を連想する。

 

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カウンター事情

 

 

 

コーヒーを飲めない私がオープンからそこに通うのは、お店の人たちの人柄に惹かれるからで、そこにくる人たちがイキイキしているからかもしれない。その空気の中で私はクズたれて居られる。落ち着く。

 

 

社交場となる店内で、皆が挨拶を交わして探り探り、そして時に愛想を振りまいている余所行きの姿を背中で感じてフフフと紅茶を飲む。苦手な人には背を向けて、顔見知りが隣にいてもポツポツとだけ会話をする。「完全オフ」と言われるけれど私のオフは意外と元気だから「マイナス」な面を外で出す唯一の場所になる。そしてそれが悟られないためにカウンターに座る。私がたまに悪い顔をしているのを知っているのは店員さんたちだけ。

 

 

 

「あら、どうしたんデスカ?」そう含み笑いをしながら声をかけてくるりょうさんのその顔は非常に悪い顔をしている。副音声の「頭でも打ったの?」がダダ漏れ。りょうさんは、私のスマホカバーがピンクになっただけでも、柄物の服を着なくなっただけでも、ちょっとヒールを履いただけでも「どうしたの?」と言う。

 

隣でコーヒーを飲むひろみさんが「最近アンちゃんよく本読んでるね。」と加えて。私だって本くらい読むんです、とむつけるけれど実際このお店にいる時はただぼーっとしているから珍しいのかもしれない。印象改善。

 

 

読み終わったから帰ろうと、荷物をまとめ始めたら「もう少しいたら?りんごがくるよ」と会いたかったりんごちゃんの名前を出されて席に戻る。しばらくして元気な声とともに現れたりんごちゃんはお仕事モードで、一頻り仕事の話をしたあと、私とひろみさんの間にすっぽりはさまった。

 

 

最近どーよ?

 

の問いかけには、現実逃避に読書に勤しんでおりマス。と返す。 アラー、ちょっと後で詳しくだね。私が占いをしてあげるよ!と私の生年月日を聞き出してスマホをいじいじ。

 

 

 

 

9月3日に生まれたあなたは、負けず嫌いで行動的そして正義感が強いので、一目置かれる人物といえるでしょう。曲がったことが嫌いなので、他人がよくない行動を取ろうとしているのを、見て見ぬ振りすることができません。自分の信念に基づき、まっすぐで裏表のないその性格は、人から信頼される要素であるといえるでしょう。そのため、人として素晴らしいところを持ったあなたのことを、慕う人は多いはずです。しかし、中には、はっきり指摘されることを好まない人もいるため、一歩間違うと人間関係にヒビが入るきっかけとなってしまうことがあるかもしれません。しかし、あなたがそれで納得できるなら、最後まで思いを貫き通すのもいいでしょう。

とても情熱的な一面もあります。それは、特に恋愛において多々見受けられます。好きになったら、一直線に相手に突っ走り、躊躇することなく想いの全てを相手にぶつけなければ気が済まないところがあります。何度振られても諦めないので、その情熱が相手の気持ちを動かすこともあるようです。また、強引なところがあるので、つき合っている相手に自分の常識を押し付けてしまい、それが原因で破局を迎えることがあるかもしれません。自分の思いを貫き通すことは決して悪いことではありませんが、特に異性に対しては、相手の意見を十分に聞いたうえで、ものごとを決めるようにしていくと、うまくいくようです。

また、あなたは、小さなことにこだわらない性格で、とても頼りがいがあるため、周囲からよく相談ごとを持ちかけられることになりそうです。あなたの周りには、あなたを必要とする人が絶えずいるので、金銭以外のことにはできる限り力を貸してあげてください。いつかあなたが困ったとき、あなたが助けた人々が、今度はあなたの支えになってくれることでしょう。

 

 

 

 

すごいネ、何度振られてもあきらめないアンちゃんすごいイイよ。一生振られ続けてほしい。ははは!

 

そもそもアンちゃんお金かせるほど稼いでないしね。

 

というわけで、ブレーキになる人を近くに置いておけるといいよね。多分田中ちゃんとかはそうでしょ?もちろん私でもいいけど。なんかさあ、あれだね。はちゃめちゃだね。だってアンちゃん納得しないと助言しても絶対破滅の道行くもんね!

 

 

 

傷つくぞ?いいすぎだぞ?

そこからみてもらった人生の折れ線グラフもはちゃめちゃ。

 

65で金運恋愛運そこを尽きるよ!どうした!!!夫に死なれて遺産なくて年金もないやつだ!88で恋愛運爆発的に上がってるよどうした!!小さいお店の隅っこ、さらにカウンターの隅っこ。やんややんやと沸く

 

 

気付いたら帰りの扉を開く時には足取りが軽くなっていて午前中の嫌なことも忘れた。昨日は久しぶりに仕事に行って、今日は休みだからゆっくり起きた。そんな感じ。

 

 

 

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みちくさ

 

 

朝起きたら、かつての上司から嫌な予感しかない不在着信の山とショートメールと、それからラインが届いていた。内容は読まなくてもわかる。とりあえず猛烈に泣きたくなって、おろおろとしている間に心は2年半くらい時を遡りはじめてしばらくぶりにパニック状態に陥った。泣いたところでどうにもならないけれど、こっちだってどうにもならないのだ。しかたない。いつも話を聞いてもらう友人たちは今日は仕事に出ていて、当時の私の状況を知っていてお昼前、連絡が取れそうな人をわあああっと頭に思い浮かべて連絡を取りまくったけれどこんな日は大抵誰も捕まらない。自己解決しかないようだ。

 

 

 

 

仕事を辞めたころ、到底働くなんてことができる精神状態じゃなくて、人として終わっていたと思う。健康で文化的な生活なんて微塵もなかった。それでも生きることを選んだだけ(もともとその逆の選択肢はとうの昔に捨てたからないのだけれど)おりこうさんだった。

 

少しでも食いぶちになれば、と上司が私的な理由で私にものづくりの仕事を依頼してくれたのだ。でもそれが私にはできるものじゃなかった。だからできるものだけ受けますと返答をしたのだけれど、実際に手元に届いたのは断ったはずの代物たち。連絡すれば「いつでもいいからあなたに頼みたい」との返答、そして忙しいからと、つっぱね。でも失敗は許されないものたちだ。今まで何度も見てきた、ミリ単位を求めて来る人たちが建前でいう「失敗しても大丈夫です」ほど嫌いなセリフはない。私はあの仕事をしながら、下請けにいるおばさんたちの心の方が何倍もわかったから働けなくなった。

 

「ああかわいそうだ、この子たちは一生私に袋から出してもらえないでこれから先ここ(開かずの布箱)にいるのだ」と思った。そして2年間作れるものだけ作って、逃げた。

 

 

 

逃げた、というと確実に私が悪い。本当のところは「失敗できないからちゃんと打ち合わせをさせてほしい。その上でできそうならやってみる」といったのだ。そして「ではスケジュールをみて連絡します。」と言われたから10ヶ月待った。そしたら催促がきた。解せぬ。私は待っていただけだ。どうやらよっぽどご立腹。私はへこへこと謝罪文を入れて、スマホを伏せる。こんな日は現実から目を背けるに限る。晴れててよかった、と思ってイヤホン外して車の音を聞きながらぐんぐん歩く。

 

 

 

 

上の仕事を辞めて始めたバイト先の社員さんから「転勤します」とのラインが届いて思い出す。この人は、私が職場で泣き出しても上手く自分をコントロール出来なくても責めなかった。

 

「無理だと思うなら帰っていい。できる一歩手前まで6割でいい。省エネの日だってわかればみんなでフォローするから、そのための職場だから。お客様にバレなければいいよ!」「しかたない、という時はホルモンバランスのせいにしてしまえ。女だからしかたない!」そういってそっと抱きしめて背中をさすってくれる人だった。昔、同じ病で嫌になる程悩んで苦しんだからと、ずっと寄り添ってくれてた。あまりに私が使い物にならなくなって本社からあれこれ言われたときも「あんちゃんはここで戻る練習をすればいい。働くの楽しいって思えているうちは守ってあげるから残ってていい」といってくれる強い人だった。

 

 

結局、その仕事が楽しくなくなったときはすぐにやってきた。その社員さん以外の社員さんを使って外堀を埋められたときだ。「もうここにいたくない」そういって出てきた。今思えば人生で一番楽しかった仕事だ。あの人に出会えたことは大きい。

 

おお、なんだ。今日は考えることが多いなあ、、。

 

 

 

 

 

というわけで、道草屋さんに道草くいにきた。行きたいところはたくさんあるけれどコーヒーが飲めないから、日本茶のカフェは本当にありがたい。三重の煎茶は盛岡の祖母が入れるお茶の味がする。苦味と甘味がつよいコックリさん。今日はとことん逃げてやる。ばーかばーか!

 

 

 下がるとかまで下がった口角をマグカップの淵の形に合わせて上げる。大好きなガトーショコラを食べる。いいや今日は全部ぶん投げてお茶飲んで本読んで手紙を書こう。

 

 

 

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杏ノ椀

 

 

 

小さい頃、餃子包むこととフルーチェ混ぜることくらいしか手伝わせてもらえなくて、ベルクロで一つになった野菜をおもちゃの包丁でトントンと切って満足してた。昔から食い意地はいっちょまえ。

 

 

 

 

昨日は友人宅をお借りしてもくもくとご飯を作った。聞こえてくる鼻歌に、この家は綺麗な音が集まってるシェアハウスだなあーって思いながら大根を煮た。石巻の家はタイピングの音とお茶をすする音だからか、なんだかすごく優しい気持ちになった。

 

 

餃子を包む時はみんなでワイワイ包むか、みんながお話をしているのを聞きながら包む。昨日は後者。餃子は耳がある食べ物だから人の話をよく聞いている。だからみんながいるところで作った方が美味しくなる。って、昔魔王が豪語してた。そうそう、魔王ともこの前高速道路で会えてよかった。

 

 

 

いつもよりお酒も飲まなかったのにへろへろで、背中のヒーターの熱にもっていかれて寝るところだった。我が家だったらぐーすか寝てるレベル。

台所借りたからピカピカにして帰ろう〜と意気込んでいたのに「お皿3枚以上洗ったら割る」なんて言われてしまったから甘甘に甘えて、終電にむかった。実のところをいうと、片付けがすごく苦手だからとてもありがたかった。

 

 

帰り道、不在着信に折り返して歩く。ポツポツと話す田中に会いたくなった。向山までなら歩いていけるのに、二戸まではあまりに遠すぎる。せつないなあ。2人でだったらどこまででも歩いて行ける気がするのになあ。もんもん。

 

家に着いてからは泥のように眠った。でも泥のように眠るのは畑仕事した日の夕方のほうが似合うから、あんかけに埋もれたって感じかな。一人暮らし前半、台所と居間が近くてずっと飲み会しながらご飯作ってた。作ってる間にお腹いっぱいになるから黙々と、ご飯を作って気付いたら客人ほったらかしで私は布団で爆睡。気付いたら朝で茶碗が綺麗に洗ってある。楽しかったなあ。

 

 

うん。楽しかった!

 

「杏ノ椀」は大好きなおじいちゃんが私のご飯事情について残した詩の書き出し。チーズの盛り付けみたら、あらー、ちゃんと盛り付けしようって思った。今月は、大好きな窯元さんが個展をするから新しいお皿を買おう。ふふふん

 

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スポットライト、ちょうこう

 

今日は弾丸で盛岡に帰った。

高校、専門時代の一人暮らしデビューを共に戦った友人と近況報告をして、夕方から高校の部活の先輩とお酒を酌み交わす。

 

 

 

先輩は、私が演劇部に途中入部した時の部長にあたる偉大な方で、権力があって頼りがいのある姉御。ちなみに、演劇部が大好きな私は、もうこの人たちとの関係が8年目になることに鳥肌が立っている。

 

 

私だけ、1番下っ端なのになぜだかわからないけれど名前に「様」をつけて呼ばれる。そんな大層な存在ではないのです。みんなよりちょっと変態脳で、ちょっと思考がおかしくて、斎藤.工が好きなだけ。へへ。

 

先輩方には、途中から加わったにも関わらずすごくかわいがってもらったし、今も沢山気にかけてもらって大切に大切にしてもらっている。その中でも先輩は私が初めてみた立派な部長という人であって、ときに怖くて、ときに沢山甘えられるお母さんである。そんな人と今は二人でお酒を飲んで、色恋の相談をして、可愛い可愛いといわれるのだ。しふく。そしてホタルイカの沖漬けを食べる。

 

ざーす!

 

 

盛岡の冷たい風が頬をさす。

あっという間の夜だった。

 

「こんな時くらい先輩面させて」と財布をもつ先輩は、やっぱり先輩で、でもそうじゃない。甘えたいけど先輩に甘えるべきはここじゃない!と思いつつ小銭係に華麗に回ります。はい

 

好きです演劇部

 

私の代は、先輩みたいにできなかったけれど、高校演劇というすばらしい時間をこの人たちと共有できたのは大きかった。緞帳の裏の世界は、ありえってぃーしかしらない。私たちの青春は作業灯に照らされているのだ。あの日、文芸部の部室から、野外部室棟を眺めてみてよかった。あの日、写真部がアナログじゃないことに気付いて30分で退部してよかった。あのアーチェリー部の脇でパネルを組立てる演劇部に興味を惹かれた私は間違っていない。他校に中学の時の憧れの先輩が演劇部にいるという邪すぎる動機も、今となれば立派な動機だ。教室の斜め後ろの席で初めて声をかけた子が読んでた台本を数日後に私も手にすると思わなかった。それでいいのだと思う。

 

 

私の青春は、あの一冊で始まって8年ずっと続いている。どらまちっくらぶ。ふふふ

 

 

 

ふみふみ

 

 

私の部屋の、かわいい昭和箪笥の引き出しに入っている箱。20歳のときに高校時代の私から届いた手紙を筆頭にいろんな手紙と黒歴史が詰まっている。

 

 

この高校時代の手紙がなかなかの代物。母校は毎年、翌年の自分へ手紙を書く行事がある。1時間以上かけて真面目に書く時もあれば、気恥しさからろくでもないことをまとめる時もある。高校2年の時に、一年前の自分から手紙が届いて、あまりの恥ずかしさにそのまま翌年の自分への封筒に閉じ込めた。高校3年の時は、封筒から高1、高2の時の自分と友人からの手紙が封を切ったらどっとこぼれてきて、これまた鳥肌と笑いとに包まれてそのまま20歳の自分へ託した。厚み1.5cm程度の超大作の黒歴史。葬式の時はぜひとも誰にも見せずに燃やして欲しいno.1

 

 

そのほかには、高校時代友人が折り紙で折った謎の卑猥物(いつか時が来たら本人に返却したくてとってある)とか、大切な写真。専門学校の卒業制作で後輩達が書いてくれた感想、来場者のノート。卒業式の後にもらった手紙。就職して本社研修に行きたくなくて新幹線ホームで泣いて、頑張っておいでっておやつと一緒に渡された手紙。仕事辞めた直後に同期から届いた、私も辞めたいけどもう少しだけ足踏みするって決意。毎年増えていく誕生日おめでとう!と、ライブ楽しみだね。最近こんなことありました。我が家の犬が。お茶送ります。。えとせとら。

 

文通は、固定された人としかできなかった。ルールは簡単で「催促しない・ルールはない」。ラインもするし電話もするけど直筆もやっぱりいい。ライン画面に「今日手紙出した!」とあるのは些か趣に欠けるけれど、わくわくが止まらなくなる。

 

 

 

 

 

私だけ朝早いからいつも書置きを残して家を出た。気がついたら全部壁に貼り出されてさらし者になっていたけれど、ある日「食べ残しだけどメンチカツサンドがひと切れあるよ」のビリビリの裏紙の書置きに、帰宅したら「ごちそうさま!」とかいて壁に貼ってあった時は嬉しかった。文通してるといったら、ここにも手紙出して!と言われて実家から手紙を出した(これももれなく貼り出されて、下の階のおじいちゃんに音読された)。誰が返事書くかでもめたらしい。

届いたのはひと月ほど経ってからで、母が「男の人の字で手紙届いてる!ラブレターか!」と騒ぎ立てた。うるさい。

蚊取り線香の煙が漂い始めました。との書き出しで、それぞれの蚊に吸われた事情をしたためたお手紙だった。共同生活に難色を示していた母はこの手紙を見て、センスが良い!と一言褒めてそれからは私がいつ泊まりに行っても何日帰ってこなくても口を出さなくなった。手紙の力は偉大である。

 

 

 

 

ほとんど、書くことに満足している。だからカバンの中で1週間くらい、切手を貼るのを忘れて外出と帰宅を繰り返す手紙がたまにいる。ルーズリーフの時もあるし、コピー用紙の時もあるし、現像した写真の裏だったり、ミスドのペーパーナプキンだったり、たまに気合を入れた便箋にしてみたり。気合入れた便箋にすると、文房具も気合が入る。

 

 

三月目前にして、いよいよさようならの季節だと実感。わたしの心はしおしおとしおれていく一方。気付いたら転職してますって事後報告されてたりとか。会えると思ってたのに予定が組めなかったりとか。これから会えそうな人にはなるべくお手紙渡そうかなあ、とか。とかとか。

 

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冷蔵庫と皿

 

寝ることに飽きて、読みたい小説もなくて、ためにためたみんなのブログを読破する日にした。ちょっと忙しくしてた間に日課だった英樹さんのブログがたまってて最近は旅の記事はないけれどやっぱり面白い。

 

とある友人のブログに、私のことがちょろっと書いてあって外から見た私を垣間見た気がする。彼の言葉選びは絵本みたいで独特のテンポがあるのだけれどそれがすごくすき。だからよけいにくすぐったくなりながら拝読。

 

「他人のおうちでの料理に手馴れている」とあって、そういえば「他人の家の台所て使いづらいよね?」みたいな会話をしたなあと思い出す。(当日何話したかはほとんど覚えていないから、なんて答えたかも覚えていない。笑)

実際は使いづらいと思うのは最初の5分くらいで、それよりは台所を貸してもらえるとすごく許された気になるから嬉しい。一人暮らしを始めた18歳の頃から出入りした台所の情報もだいたい覚えているなあ、と友人の顔を思い浮かべる。

 

丁度昨日、石巻のシェアハウスから届いた手紙で「新居なのに我が家を把握しすぎで素晴らしい」と言われたところだった。3回しか出入りしていないけれど、調味料の種類と皿の種類も把握済だから住人よりも早く調理ができる。おかげで新居に住むというお化けにカテゴライズされる始末だ。

 

 

「冷蔵庫」の中にはその人がいるから、ぎゅうぎゅうに詰まった冷蔵庫は夢があって、食欲があって好き。その人が好きな食べ物、嫌いな食べ物を覚えると同じように、その冷蔵庫の中に必ずあるものを覚えている。私の大好きな友人の冷蔵庫には、ウインナーかベーコンが必ずある。石巻の冷蔵庫はそれぞれの住人の醤油と、アホみたいな量の卵、納豆。それ以外は特にない。にんにくと生姜はいつもないから必ず買わなきゃならない。弟の家は、冷蔵庫より冷凍庫が豊富で冷蔵庫には瓶ビールとカルピス。塩と胡椒派か、塩コショウ派か。同じようにお皿も覚えてる。

 

指摘されると意外と覚えているな。買出ししたり献立決めるのが楽しくなるからなあ。でもあくまで友人だけだ。やっぱり私ただ作るのが好きなんじゃなくて、その人の顔が見えるから好きなんだ。発見。

 

 

 

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