ほたて

 

喧嘩というほど発展しなかったけれど、私がひとりでやきもきして。ちょっと拗れた今回の件は、大人な対応のおかげで収束が早かった。彼の起床時間だと思っていたのは、家を出て最寄り駅まで歩いている時間だったし、そもそも通勤方法も思っていたのと違っていた。どうでもいいことかもしれないけれど、今回ばかりは私の手癖を封じ込まれている以上不透明なことがなにもかも気になって仕方がない。というのも、早々に口にした。黙っておこうと思ったけれど、やはり年の功なのか「変なところで冷静で勘が働くのはわかっている」と言われてしまって遇の音も出ず。上手に甘えることと、甘やかすことを出来るようにしましょうという結論に至った。

 

ここまできて、すごいいい人だ!とは思ったけれどそれが長く続く理由かと言われたら正直しっくりこなくて胸にしこりが残る。ただひたすらに申し訳ない気持ちが膨らんでますます泣きたくなってしまってうじうじするんだ。

 

 

でもまあ、苦し紛れに送ったスタンプに対して「しろくまがほたてしょってる」て帰ってきた時に多分もう少し一緒にいれそうだと思った。(ホタテじゃなくてオーラ)

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頑張れホルモンバランス。

 

新年度の一番忙しい時期に毎日朝昼晩、連絡をくれる彼はマメだなと思いながらもお付き合いして数日目、少しずつ見えてなかった溝が見えてきてその度にぐさぐさと心に突き刺さる。意外と早く互いにボロが出てきたなと思っているところ。私は時期もあってメンヘラモードが発動中。

 

 

平日は仕事で、休日もだいたい予定あり。私自身次の日仕事なのに人に会うのは体力がいるから夜に会おうとは提案するつもりなし。つまりどうやら会えない。

今ほど、おやすみを電話でしてもいいですか?と聞いてみたら既読スルーをくらって、あーこれはダメなのか。と凹んで布団の中でめそめそしているところである。失言と化した一言をラインから削除して、せめて週末ちょっと会える時くらいは波が穏やかであるように願う。頑張れ私の女性ホルモン。

 

 

ライブハウスの話

 

生きてると嫌なことあるよな。毎日嫌になるよな。そんな時はここにこい。俺達のライブにこい。その手握ってやるよ そんでその手握り返してくれたなら、 一緒に離さないで このまま手、握ってさぁ 俺が 俺達が 一緒に手繋いで 絶望の街から抜け出そう

 

 

昨夜の最前列、惚れ惚れ見てた。隣には田中。田中隣に、顔だけ知ってるいつもいるお兄さん。このお兄さんはいつも最前列で拳を突き上げるわけでもなく柵に凭れていつも歌ってる。曲中ふと上手側見たら高揚する人に混じって、ほうっとしている女の子が2人。あの顔は悦に浸る顔だと思った。女の私が見ても色っぽいしとてもかわいい。いいなあ。

 

 

昨夜のライブハウスは私が去年初めて彼らに出会った場所。それを知ったのはMCで盛岡が一年ぶりだと出てきたから。あの日からメンバーは2人減って、それでも変わらずに音楽を続けてくれる彼らが愛おしい。あの蛇口捻ったように流れる汗を清らかなものに見えるのはなぜだろうか。

 

 

野田さんの、ラリルレ論を読み終えてから少しライブに対しての思いが変わった。それからいろんなバンドマンのツイート。いいのも悪いのもあるけれど、昨日のステージ終わりのアンコールの要求が私は少し好きでなかった。あんなのただの野次だ。最後の一音がやんだ時、膝から崩れ落ちて土下座のように「ありがとう」と口にして這うようにはけていった彼らに「ワンモア」に混ざって会場の人が放った「もっと出来るだろ!」「短いぞ」というのはあまりにも品がなかった。じゃあお前がやってみろ。と単純に思った。それは田中とお兄さんも同じだったのかわからないけれど下手最前列3人はただステージ見ていた。

 

 

本当は今日もハシゴでライブだったけれど、昨日のステージ中 こんなに頑張っていないのに来てはいけないな と思ったから、今日はお休みすることにした。

帰りは田中の新幹線までダッシュして、そこからタクシーに乗って、でも途中で降りて今日の出来事を話しながら歩いて帰った。

 

 

拳元気ですか!

 

 

いつも喋らないメンバーがマイクを持って火をつけに来た。きっとこれが新しい彼らのやり方なんだと思って、なんだかすごく熱い気持ちになった。みんなで拳突き上げて歌っていたら、ステージで泣いていて、それをみたら冬の初めに八戸で目撃した同じ曲を思い出した。「がんばれ!」を言いに来たんだ!と言う彼らに向かって「お前ががんばれ!!」と野太い声が響く。メンバーが一気に居なくなって初めてのライブだった夜だった。

 

 

ああ、ライブハウスて楽しいよなあ。対バンだった地元のバンド。弟が高校でバンド活動を始めた時沢山お世話になった人たちで、私もよく聞いていた。来月メジャーデビューをする。時間の流れを痛感する。

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しょうゆ

 

 

安いバックパックだったけれど使いやすくて好きで、でもチャックがバカになったから捨てるつもりで押入れに閉じ込めていた。ふと思い立ってお直しの方法を調べたら私でも直せるイージーモードでさっそく挑戦。無事に直ったからもう少しだけ一緒にいてもらおうと思う。せめて丁寧に使うように心がけよう。笑

 

 

 

 

盛岡にやっとの思いで到着。仏前にお土産を置く。気付いたら鼻歌まじりで手を合わせていたのは、しばらく家族に言うつもりはないけれど、おじいちゃんには一足先に紹介しておこうと思ったからかもしれない。

きっと「なんでお前もそっちに行くんだ」と母の時みたいに駄々をこねるだろうけれど、25年前とは違って新しい道路もできたし、いいんじゃないかな。

今まで好きになった人と真逆のタイプで少し困惑しているけど、ふと田中と呼び間違いをしてしまって色々納得して胸に落ちてきたところだ。

 

 

 

 

それはまるで少数部落の若者が、都会で出会った嬉しさからお付き合いを始めちゃいました☆みたいな現在。

彼も私と同じく、あの小さな町内会の話を出来るのがこんなにも楽しいなんて!とよく口にする。地元の話が尽きた時、私たちは比較的早く壁にぶち当たるんじゃないかなと思っている。 でも今は、使っている醤油が同じだとか、あの団子屋に久しぶり行きたいとか、そんなこと繋ぎ合わせながらでいいのかも。

 

 

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いつか

 

一緒に帰ろうか。と言われた今日を忘れないようにしようと思った。

 

 

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ころころこころ

 

ーーー夕方、5時

 

この歌い出しを久しぶりにイヤホンから聞いて退社。田中とよく聴いていたなあ、私の病んでる時のプレイリストwith二十歳の若かりし私。待ち合わせ予定まで1時間あるから鏡に向かって化粧直して、仕事中はしないから控えめに久しぶりの香水をつける。意外とまだちゃんと女子できるなぁって、ニヤニヤした。

 

ちょっと遠回りしながら夜ご飯のカレー屋さんに向かう。車内は共通の小さな小さな地元の話だ。芋づる式とはまさに、な会話。レバニラの話をしたかったのに、唯一あるラーメン屋の名前を出した途端にいつも頼むメニュー、店の汚さ、味のムラ…もう話は止まらない爆発寸前。小学校出会ったこともないのに、気持ちは小学生まで戻っていて、好きだった子の話と寄り道のルート、秘密基地の場所、ふと思い出した学校歌の歌い出しを答え合わせして、出会えてよかった!とケラケラ笑いながら目的地に到着。

 

「笑いこらえる準備して」と言われて扉を開けるとそれはもう早口で片言な日本語とナマステ〜の挨拶。普段の私ならすぐ真似してモノにして帰り道まで引きずるのを、グッと我慢して…たけどまあまあ無理だった。あれは面白すぎた。

 

ショッピングモールの駐車場で話足りない分を消化する。まあ、よく笑ってよく話した。私の中で一番の故郷の話を出来たのがよっぽど嬉しかったらしい。気付いたら助手席の窓が真っ白に曇って笑った。ドライブの始まりだ。

 

 

 

 

両親と、向こうの祖父母は仲が悪い。幼心にそれは感じていて、近所に住んでいてもあまり良くしてもらった記憶はない。きっと祖父母は可愛がりたかったのだろうけれど、甘えたらいけないと教えられていた記憶がある。祖父母は孫は好きだけど、父母が嫌いだったから隠れて可愛がってくれた。親を嫌うことはあっても、親に心底嫌われたことがないから父の気持ちがわからない。でも父は可哀想な環境で育ったと思う、でも、実親の代わりに愛情を注いでくれた親戚が沢山いて幸せだなとも。親戚はみんな祖父母以上に私を可愛がってくれたし今も沢山お世話になってる。

 

従兄弟はおもちゃもゲームもお菓子も何でも買ってもらって、私は我慢するのが当たり前で。でもそう、一度だけ母と喧嘩をして泣きながら30分くらい歩いて祖母に会いに行った。食パンの耳を揚げて砂糖いっぱいかけてオヤツをこさえてくれた。庭にはキウイがなっていてその下に大きなシベリアンハスキーを飼っていた。リュウは私よりも大きくてバカで食いしん坊。七五三の時に私の大事なアンパンを奪ったバカヤロウだ。老衰のタイミングで虫に刺されて死んでしまったけれど、たまにリュウの匂いだ!と思う時がしばしばある。だいたい肥やしの匂いかホームセンターの園芸コーナーだ。臭かったんだね。

 

 

母は嫁いできたから地元愛の方が強い。父は生まれ育った街だから、一通りの思い出が完結していて外に抵抗がない。弟は幼稚園までだからどうなんだろう。なんだろう、それぞれあの街にかける思いが違う。私はあそこで好きな人もいたし友達もいたし、将来のことも考えた。釜石、盛岡、いた時期は半々で友達は盛岡にしかいない。でも面白い記憶は釜石の方が多い。

津波が起きた時、釜石に行きたいという私に母親は理解ができないという顔をした。木登りも探検も、屋根に登ったりエアガン撃ったり、秘密基地作ったり盛岡ではしなかったよなあ。それが記憶の差なんだと思う。あの用水路沿いを小さい足で40分歩いて寄り道して喧嘩して学校に遅刻したのは、あれは多分私が人生で一番グレていた時期だったかもしれない。ずっと我慢してた話だ。なんだったら忘れ去るのがベストで、きっと次あの街に帰るのは祖父母のお葬式だと思っていた。少し時間が違っても同じ景色を共有出来るのは心がコロコロと鳴った。

 

 

お互い、8年、5年と向こうでいう都会に出てきて普通に生活していたはず。転校してイジメの原因になったから一生懸命直した訛りが、ちょっとずつ運転席から聞こえてきて、さんざんいろんなこと引きずってうじうじしていたけれど誰かを好きになる理由なんてこんなのでいいのかもしれないと思った。

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はるのにおいだ。

 

年度末になって、地下鉄に少しふわついた若い子が乗ってくる。5年前の私もこんな感じだったのかな。憧れの一人暮らし。歩いてスーパーに行けるとか、中心街まで自転車で行けるとか、最寄り駅があることとか、バスが10分おきに来ることとか。何もかも嬉しくて仕方なかった記憶がある。この際妥協した家具もすべて許そう、引越しして仙台を満喫したいと一週間も居座ったおばあちゃんも許そう。初日の夕方は、お互い地元は中心街までバスで30分はかかっていた場所から、ご近所になったみんみんと近くの西友で待ち合わせをして買出しをしたのだ。当時のみんみんは真顔で私に「キノコ生で食べれる?」と聞いてきて、そこからほとんど毎日一緒に夜ご飯を食べた。みんみんの作るミネストローネはとんでもなく美味しい。あと生姜が入った具沢山のお味噌汁。誕生日にはハート型の人参を添えるまさに女の子、見習いたい。

 

 

今、座席の隣に座る男子2人。一人暮らしの話と春からの大学の話をしているのが面白い。この薄着の具合だと北から来た人たちだろうか。

 

 

去年の今日は、某催事出店の搬出日で去年の明日は東京にお上りさんした。年度末の東京、人でごった返していて具合悪くなってそこで更新したインスタで、私はこの春からの仕事と出会った。生活とは凄く不思議なものだと思った。憧れだった美容室に行って「え、このままの髪で良くない??似合ってるんだけど」と言われて「これで仙台居ると頭悪く見えるから嫌なのです」と、けんさんにきれいな色に染めてもらった。お土産に持っていった笹かまぼこ喜んでくれて、最後のオイルを塗りながらヒデキさんが「瞳の色と一緒にしたんだ。綺麗なグレイでしょ?」なんていうからすごくドキドキした覚えがある(笑)しばらくカラコングレイだった。で、横浜で浴びるように酒飲んだ。ライブにも行った。

この貴重な日々に、人混みと乗り換えのストレスで胃腸炎になって引くほど寝込んだ。

 

 

春は、なんだか不思議な匂いがする。新しい革の匂いと、糊の効いたシャツの匂いと、引っ張り出したキャリーとボストンバッグの匂い。別れの季節で、出会いの季節。私は明日、どうやらすごく運命的に出会った15年振りの同郷の人に会うらしい。ラインの画面が故郷の話でもちきり。ずーーっと誰かに共有したかったあの、ドレンチェリーのアンパンマンをわかってくれる人がいた。涙が出そうだ(一滴も出ないけれど)

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