冷蔵庫と皿

 

寝ることに飽きて、読みたい小説もなくて、ためにためたみんなのブログを読破する日にした。ちょっと忙しくしてた間に日課だった英樹さんのブログがたまってて最近は旅の記事はないけれどやっぱり面白い。

 

とある友人のブログに、私のことがちょろっと書いてあって外から見た私を垣間見た気がする。彼の言葉選びは絵本みたいで独特のテンポがあるのだけれどそれがすごくすき。だからよけいにくすぐったくなりながら拝読。

 

「他人のおうちでの料理に手馴れている」とあって、そういえば「他人の家の台所て使いづらいよね?」みたいな会話をしたなあと思い出す。(当日何話したかはほとんど覚えていないから、なんて答えたかも覚えていない。笑)

実際は使いづらいと思うのは最初の5分くらいで、それよりは台所を貸してもらえるとすごく許された気になるから嬉しい。一人暮らしを始めた18歳の頃から出入りした台所の情報もだいたい覚えているなあ、と友人の顔を思い浮かべる。

 

丁度昨日、石巻のシェアハウスから届いた手紙で「新居なのに我が家を把握しすぎで素晴らしい」と言われたところだった。3回しか出入りしていないけれど、調味料の種類と皿の種類も把握済だから住人よりも早く調理ができる。おかげで新居に住むというお化けにカテゴライズされる始末だ。

 

 

「冷蔵庫」の中にはその人がいるから、ぎゅうぎゅうに詰まった冷蔵庫は夢があって、食欲があって好き。その人が好きな食べ物、嫌いな食べ物を覚えると同じように、その冷蔵庫の中に必ずあるものを覚えている。私の大好きな友人の冷蔵庫には、ウインナーかベーコンが必ずある。石巻の冷蔵庫はそれぞれの住人の醤油と、アホみたいな量の卵、納豆。それ以外は特にない。にんにくと生姜はいつもないから必ず買わなきゃならない。弟の家は、冷蔵庫より冷凍庫が豊富で冷蔵庫には瓶ビールとカルピス。塩と胡椒派か、塩コショウ派か。同じようにお皿も覚えてる。

 

指摘されると意外と覚えているな。買出ししたり献立決めるのが楽しくなるからなあ。でもあくまで友人だけだ。やっぱり私ただ作るのが好きなんじゃなくて、その人の顔が見えるから好きなんだ。発見。

 

 

 

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