ふみふみ

 

 

私の部屋の、かわいい昭和箪笥の引き出しに入っている箱。20歳のときに高校時代の私から届いた手紙を筆頭にいろんな手紙と黒歴史が詰まっている。

 

 

この高校時代の手紙がなかなかの代物。母校は毎年、翌年の自分へ手紙を書く行事がある。1時間以上かけて真面目に書く時もあれば、気恥しさからろくでもないことをまとめる時もある。高校2年の時に、一年前の自分から手紙が届いて、あまりの恥ずかしさにそのまま翌年の自分への封筒に閉じ込めた。高校3年の時は、封筒から高1、高2の時の自分と友人からの手紙が封を切ったらどっとこぼれてきて、これまた鳥肌と笑いとに包まれてそのまま20歳の自分へ託した。厚み1.5cm程度の超大作の黒歴史。葬式の時はぜひとも誰にも見せずに燃やして欲しいno.1

 

 

そのほかには、高校時代友人が折り紙で折った謎の卑猥物(いつか時が来たら本人に返却したくてとってある)とか、大切な写真。専門学校の卒業制作で後輩達が書いてくれた感想、来場者のノート。卒業式の後にもらった手紙。就職して本社研修に行きたくなくて新幹線ホームで泣いて、頑張っておいでっておやつと一緒に渡された手紙。仕事辞めた直後に同期から届いた、私も辞めたいけどもう少しだけ足踏みするって決意。毎年増えていく誕生日おめでとう!と、ライブ楽しみだね。最近こんなことありました。我が家の犬が。お茶送ります。。えとせとら。

 

文通は、固定された人としかできなかった。ルールは簡単で「催促しない・ルールはない」。ラインもするし電話もするけど直筆もやっぱりいい。ライン画面に「今日手紙出した!」とあるのは些か趣に欠けるけれど、わくわくが止まらなくなる。

 

 

 

 

 

私だけ朝早いからいつも書置きを残して家を出た。気がついたら全部壁に貼り出されてさらし者になっていたけれど、ある日「食べ残しだけどメンチカツサンドがひと切れあるよ」のビリビリの裏紙の書置きに、帰宅したら「ごちそうさま!」とかいて壁に貼ってあった時は嬉しかった。文通してるといったら、ここにも手紙出して!と言われて実家から手紙を出した(これももれなく貼り出されて、下の階のおじいちゃんに音読された)。誰が返事書くかでもめたらしい。

届いたのはひと月ほど経ってからで、母が「男の人の字で手紙届いてる!ラブレターか!」と騒ぎ立てた。うるさい。

蚊取り線香の煙が漂い始めました。との書き出しで、それぞれの蚊に吸われた事情をしたためたお手紙だった。共同生活に難色を示していた母はこの手紙を見て、センスが良い!と一言褒めてそれからは私がいつ泊まりに行っても何日帰ってこなくても口を出さなくなった。手紙の力は偉大である。

 

 

 

 

ほとんど、書くことに満足している。だからカバンの中で1週間くらい、切手を貼るのを忘れて外出と帰宅を繰り返す手紙がたまにいる。ルーズリーフの時もあるし、コピー用紙の時もあるし、現像した写真の裏だったり、ミスドのペーパーナプキンだったり、たまに気合を入れた便箋にしてみたり。気合入れた便箋にすると、文房具も気合が入る。

 

 

三月目前にして、いよいよさようならの季節だと実感。わたしの心はしおしおとしおれていく一方。気付いたら転職してますって事後報告されてたりとか。会えると思ってたのに予定が組めなかったりとか。これから会えそうな人にはなるべくお手紙渡そうかなあ、とか。とかとか。

 

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