みちくさ

 

 

朝起きたら、かつての上司から嫌な予感しかない不在着信の山とショートメールと、それからラインが届いていた。内容は読まなくてもわかる。とりあえず猛烈に泣きたくなって、おろおろとしている間に心は2年半くらい時を遡りはじめてしばらくぶりにパニック状態に陥った。泣いたところでどうにもならないけれど、こっちだってどうにもならないのだ。しかたない。いつも話を聞いてもらう友人たちは今日は仕事に出ていて、当時の私の状況を知っていてお昼前、連絡が取れそうな人をわあああっと頭に思い浮かべて連絡を取りまくったけれどこんな日は大抵誰も捕まらない。自己解決しかないようだ。

 

 

 

 

仕事を辞めたころ、到底働くなんてことができる精神状態じゃなくて、人として終わっていたと思う。健康で文化的な生活なんて微塵もなかった。それでも生きることを選んだだけ(もともとその逆の選択肢はとうの昔に捨てたからないのだけれど)おりこうさんだった。

 

少しでも食いぶちになれば、と上司が私的な理由で私にものづくりの仕事を依頼してくれたのだ。でもそれが私にはできるものじゃなかった。だからできるものだけ受けますと返答をしたのだけれど、実際に手元に届いたのは断ったはずの代物たち。連絡すれば「いつでもいいからあなたに頼みたい」との返答、そして忙しいからと、つっぱね。でも失敗は許されないものたちだ。今まで何度も見てきた、ミリ単位を求めて来る人たちが建前でいう「失敗しても大丈夫です」ほど嫌いなセリフはない。私はあの仕事をしながら、下請けにいるおばさんたちの心の方が何倍もわかったから働けなくなった。

 

「ああかわいそうだ、この子たちは一生私に袋から出してもらえないでこれから先ここ(開かずの布箱)にいるのだ」と思った。そして2年間作れるものだけ作って、逃げた。

 

 

 

逃げた、というと確実に私が悪い。本当のところは「失敗できないからちゃんと打ち合わせをさせてほしい。その上でできそうならやってみる」といったのだ。そして「ではスケジュールをみて連絡します。」と言われたから10ヶ月待った。そしたら催促がきた。解せぬ。私は待っていただけだ。どうやらよっぽどご立腹。私はへこへこと謝罪文を入れて、スマホを伏せる。こんな日は現実から目を背けるに限る。晴れててよかった、と思ってイヤホン外して車の音を聞きながらぐんぐん歩く。

 

 

 

 

上の仕事を辞めて始めたバイト先の社員さんから「転勤します」とのラインが届いて思い出す。この人は、私が職場で泣き出しても上手く自分をコントロール出来なくても責めなかった。

 

「無理だと思うなら帰っていい。できる一歩手前まで6割でいい。省エネの日だってわかればみんなでフォローするから、そのための職場だから。お客様にバレなければいいよ!」「しかたない、という時はホルモンバランスのせいにしてしまえ。女だからしかたない!」そういってそっと抱きしめて背中をさすってくれる人だった。昔、同じ病で嫌になる程悩んで苦しんだからと、ずっと寄り添ってくれてた。あまりに私が使い物にならなくなって本社からあれこれ言われたときも「あんちゃんはここで戻る練習をすればいい。働くの楽しいって思えているうちは守ってあげるから残ってていい」といってくれる強い人だった。

 

 

結局、その仕事が楽しくなくなったときはすぐにやってきた。その社員さん以外の社員さんを使って外堀を埋められたときだ。「もうここにいたくない」そういって出てきた。今思えば人生で一番楽しかった仕事だ。あの人に出会えたことは大きい。

 

おお、なんだ。今日は考えることが多いなあ、、。

 

 

 

 

 

というわけで、道草屋さんに道草くいにきた。行きたいところはたくさんあるけれどコーヒーが飲めないから、日本茶のカフェは本当にありがたい。三重の煎茶は盛岡の祖母が入れるお茶の味がする。苦味と甘味がつよいコックリさん。今日はとことん逃げてやる。ばーかばーか!

 

 

 下がるとかまで下がった口角をマグカップの淵の形に合わせて上げる。大好きなガトーショコラを食べる。いいや今日は全部ぶん投げてお茶飲んで本読んで手紙を書こう。

 

 

 

広告を非表示にする